2025年1月26日(日)
先週行った「昆陽神社」に関連して江戸時代の大飢饉に関連した神社があることを思い出したので行ってみたいと思う。
【地図】

■印内八坂神社
由緒
真言宗豊山派の寺院・光明寺の隣に位置する。享保18年(1733年)周辺の村々で疫病が大流行した時、光明寺の住職が牛頭天王(素戔嗚尊と同一視された神仏習合の神)を祭神とする京都の八坂神社の分霊を勧請して寺の隣に祀ったのが当社の始まりと伝えられている。以後、「印内の天王様」として周りの地域で広く信仰を集めた。明治・大正の頃、亀戸・浦安・幕張にも講ができ、夏祭りに多くの参拝者が訪れ大変に賑わったという。
平成28年(2016年)に社殿が新しく完成された。



●印内八坂神社(拝殿)



●印内八坂神社(本殿)


■補陀洛山 光明寺
今回、江戸時代の飢饉についていろいろ調べる機会になった。
神仏習合の時代とはいえ、仏教の住職が神道の神様を勧請するという非常事態。
分霊までするとなれば、書状や使いの者では受け入れてもらえないだろう。
当然、住職が直接赴いたと思われる。
享保の大飢饉は九州で発生し、全国に波及した。西日本の方が酷い状態だったと思われる。住職は食料もない、泊まるところもない、治安も悪い、死体が転がっている、死肉を食らう人がいる、そのような状況を目にしながら何十日も掛けて京都に向かったのだろうか。せめて、住職の名くらい明らかになっていればよかったのに。
涙が出てくる...




■西船橋周辺
西船橋にも昔、住んでいた。懐かしくなっていろいろ周ってみた。
●ビートルズのアパート
西船橋ではないけれど、よく目にしていたアパート。オーナーがビートルズ好きなんだろうね。築30年になるらしい。無くならないうちに残しておきます。


日の当たりにくい北側は退色してなくてキレイに残っています。「Let It Be」のレコードジャケットからとったものみたい。

●西船橋駅(北口)
この地に住んだ理由は便利さと家賃のバランスがちょうどよかったこと。東西線の始発電車があるので座って通勤できること。ただ、大きな商業施設がないので買い物にこまります。


●西船橋駅前プラザ
昔、本屋の「三省堂」が入っていたので文具買ったり、立ち読みして暇つぶししてました。

●高速バスのりば
実家の関西に帰るときには利用してました。

●西船橋駅(南口)

●高架下のスーパー
武蔵野線・京葉線の高架下に小さなスーパーがあります。当時はJR東日本経営のスーパーが入ってました。ここぐらいしか駅前にスーパーがありませんでした。売上悪いのかな?頻繁にテナントが入れ替わります。

●Wsプラザ西船橋
昔は「長太郎会館」と呼ばれていました。ボウリング場(長太郎ボウル)と中華料理(長太郎飯店)が入っていたのを覚えています。船橋出身の実業家滝口長太郎氏が建てた会館だそうです。ボウリング場は残っていますが名前が変わっています。ビルの袖看板に「長太郎ボウル」が残っています。

自転車往復:15km