市川ほうずき市と真間川灯ろう流し「手児奈霊神堂・手児奈橋」

2025年7月19日(土)

「市川ほうずき市」と「真間川灯ろう流し」に行きます。梅雨時期の開催なので例年、雨に降られることが多かったのですが、今回は雨が降らないようなので行ってみます。

【地図】

■市川ほうずき市

第44回の「市川ほうずき市」が手児奈(てこな)霊神堂にてお行われます。
今回は
2025年7月19日(土)12:00~21:00
2025年7月20日(日)10:00~21:00
の日程で行われます。

●手児奈霊神堂とは

手児奈(てこな)は奈良時代に居た美少女と言われています。その噂は奈良の都まで聞こえ、多くの男たちが手児奈の元を訪れ結婚を迫りましたが、そのことが元になり、男たちは兄弟、友達同士で言い合いとなり憎しみ会うようになりました。そのことに、心を痛めた手児奈は自分がいなくなれば争いは無くなると信じ真間の入り江に身を沈めました。
当時、奈良の大仏建立のために全国を回っていた行基僧正が手児奈の話を聞きその娘を不憫に思い現在の弘法寺の前身の求法寺にその霊を弔われました。
その後、文亀元年(1501年)に当時の住職の夢枕に手児奈が現れ、「私は多くの人に供養していただきました。そのお礼として今度は私が皆さんをご守護いたします。」と語ったことが、霊神堂建立のきっかけとなっています。

●継橋(つぎはし)

昔、この辺りは海抜が高く土地が洲(島)のようになっていました。洲と洲の間には移動するための橋が掛けられ、その橋を「継橋」と呼びました。この橋を渡って手児奈に会いにこうという歌が残っています。
また、手児奈が亡くなったことを悲しんだ男どもが次々と身を投げた橋だから「継橋」と呼ばれたという話もあります。

手児奈霊神堂の本堂です。

●「縁結び 桂の木」さだまさし氏奉納

歌手のさだまさしさんはバイオリンの勉強のため中学入学に合わせて上京し、中学3年生から親戚のいる市川市に身を寄せました。約20年間市川市に住んでいました。2024年より市川市親善大使に就任しています。

●ほうずきの市

昔はけっこう、花壇とかにあって、実がなると口に入れてキュキュと鳴らした覚えがありますね。

●境内の賑わい

本日は16時に来ました。狭い境内なので18時を過ぎると人が溢れかえるので早めにきました。写真撮るのもこの時間帯がいいよね。

■真間川灯ろう流し

「真間川の灯ろう流し」は2025年7月19日19:00~21:00に手児奈橋から行われます。

●法要

19時から法要が始まります。僧侶が読経しながら灯ろうが流されます。法要が始まると周りに人がいっぱいで見れなくなったので、始まる前の写真です。

「回向(えこう)」なんですかね。弘法寺から来たと思われます。日の入りが19時でドンドン暗くなっていく中で読経しながらいきなり来たのでシャッター速度の調整が間に合わずブレてしまいました。本来はかなり暗かったですが、シャッター速度を遅くしているので明るく撮れています。

●読経とともに流しはじめ

撮影ポジションとれなかった。手児奈橋の周りに人がいっぱいで入れる余地がなかったので、一つ下流の橋から撮りました。灯ろうの流れる方向は川上に流れるか川下に流れるかはその時の状況で変わるそうです。上流が江戸川から分かれているので川上に行くことの方が多いそうです。

僧侶が読経しながら、灯ろうが流されます。400mm望遠レンズに切り替えてます。

●江戸川方向に流れる灯ろう

今回は川上(江戸川方向)に流れ始めました。開始30分もするとスマホで写真撮り終えた人がパラパラと抜けて行くので、ようやく川上に移動して写真が撮れました。三脚持っていきましたが、そんな場所も余裕もなかったですね。

市立真間小学校の校庭が大規模駐輪場になっているので、自転車で行っても大丈夫ですよ。今日は一日がんばりました。疲れた。

 

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【サムネ用】