本年初参りに行きます「菊田神社」-「菊田水鳥公園」

2023年1月21日(土)

しばらく自転車で走ってないので、体が「走りたい」と云っているので今日は走ります。

行先は習志野市の菊田神社。本年初のお参りも兼ねて行きます。また、近くに水鳥の集まる「菊田水鳥公園」もあるので水鳥が居ればいいなぁと思っています。

【地図】

■菊田神社(鳥居)

元は一の鳥居があったのかもしれません。今は石塔だけが立っています。

京成津田沼駅から少し離れた住宅街にあるので、人通りも多くありません。

駐輪場がないのが残念なところ。しかたないので鳥居の横に止めておきます。

■菊田神社(拝殿)

御朱印でも有名な神社です。習志野市氏神様なので、お参りの人は多くありませんが、1月20日過ぎても、ご近所の方々がお参りに来ています。人ごみの多い神社よりもこんなゆったり落ち着いた神社が好きです。ずーっと見てましたが、お参りする人が絶えることがありません。狛犬が面白い顔をしています。

補足:ここ、津田沼の地名は谷村・久々村・鷺村から一文字ずつ取って名付けられたとされています。また、氏神様の久久田大明神(くくだだいみょうじん)は菊田大明神と変化し、神社名も菊田神社になったと思われます。

■菊田水鳥公園

菊田神社の横に「菊田水鳥公園」があります。神社と繋がっています。そのまま、公園に入れます。公園の周りにはベンチが設置されているので、ゆっくり眺めることもできます。池の周りが高い柵に囲まれていてちょっと見通しが悪いです。水鳥にいたずらする人がいるのでしょうか。残念なことです。

■今日出会った水鳥

神社の生き物は神様の使いと言われています。普段からこんなに水鳥がいるのでしょうか。運がよかったのでしょうか。ここの鴨は人に慣れているようで逃げないです。コンデジでもこんなに近くで写真が撮れます。神様に歓迎されている気分になれました。

自転車往復:26km

江口寿史イラストレーション展「彼女」

2023年1月11日(水)

1日だけ取れた代休。疲れが取れてないので、自転車やめて電車でぶらーッと出かけます。注意力散漫なときは運転しない方がいい。

2022年10月29日~2023年1月15日まで千葉県立美術館で江口寿史イラストレーション展「彼女」を開催しています。もうすぐ終わっちゃうので行くことにしました。場所はJR千葉みなと駅の千葉県立美術館。

【周辺地図】

■JR千葉みなと駅

自転車で千葉ポートタワーまで来たことはありますが、電車で降りるのは初めてです。元は「千葉港駅(ちばみなとえき)」だったそうですが、誤読されることが多いので「千葉みなと駅」に改称されたそうです。

千葉都市モノレールの始発駅でもあります。

みなとオアシス 千葉みなと

駅からまっすぐ行くと港に出ます。

●錨モニュメント

国土交通省が推進する全国に展開する港町事業「みなとオアシス」。

それに登録された「千葉みなと」。その記念としてこのモニュメントが作成されたそうです。因みに「みなとオアシス千葉みなと」が登録されたのは2018年だそうです。この港は新しいんですね。

みなとオアシス千葉みなと

海を眺めるベンチや遊覧船に乗れるターミナル、「ケーズハーバー」があります。

お散歩に最適ですし、千葉県立美術館や千葉ポートパーク(千葉ポートタワー)への誘導路になってます。

■千葉県立美術館

本日の目的地。千葉県立美術館です。

江口寿史イラストレーション展「彼女」

入館料は500円です。写真撮影もOKのようです。

江口寿史先生のイラストレーション展は全国を順番に回って開催しています。ようやく江口先生の故郷:千葉県の順番が回ってきました。

●ストップ!!ひばりくん!

江口寿史先生といえば、おいらの世代ではちょうど、少年ジャンプで「ストップ!!ひばりくん!」が連載されていた。「女装をした男の子」の物語という当時としては珍しいギャグ漫画でした。近年は漫画家ではなくイラストレーターとして活躍しているようです。当時から「女性画」には定評がありました。

●自転車の彼女

うれしいことに、自転車の彼女もありました。隅っこに隠れてました。ミニベロだ。

千葉ポートタワー

千葉県立美術館の近くに千葉ポートパークがあります。食事の場所を求めて千葉ポートパークに行きます。

昨年、自転車で来たのは2022年2月5日でしたね。ちょうど、1年ぶりです。写真映えのするキレイなタワーです。空も見事なブルースカイです。海も穏やかでとても澄んでいました。

 

公園で日向ぼっこ「千葉県立幕張海浜公園」

2023年1月2日(月)

あけましておめでとうございます

仕事が12月31日まであったので、2023年1月1日はぐったり寝てました。2日から始動です。年始はどこも混むので、人の居なさそうなところを探して動きます。

「千葉県立幕張海浜公園」でまったりして、昼食とって帰ります。

【広域地図】

【詳細地図】

■イオン幕張新都心

船橋から県道15号線に入ると歩道に自転車道が整備されているので、幕張まで安全に自転車で走ることが出来ます。道もほぼ平坦なので、足への負担も少ないです。

ここ、イオンモールの駐車場だけど、普段、こんなにガラガラだっけ。

■千葉県立幕張海浜公園

JR幕張海浜駅の近くにある巨大な公園です。幕張の浜、ZOZOマリンスタジアムも含まれているらしい。幕張は環境よくていいねぇ。

大芝生広場

周りのビル群がまるで公園と一体化したオブジェのようです。

●花時計

大芝生広場の中心に位置する巨大な花時計です。時間も正確に刻んでいます。昔は公園や学校に花時計があったような...

凧あげしてましたね。洋凧ですが、久々に見ました。

●帽子のパーゴラ

パーゴラって植物で編まれた日よけの棚のことを言うらしいです。1つじゃ淋しそう。いろいろなデザインの帽子があった方が映えると思うぞ。

●マリンデッキ

ここが本来の公園への入口みたいです。公園がデカくていろんなところに入口があるので、後から気づきました。階段状の花壇があります。季節時々でデザインが変わるんでしょうか。

■昼食

本当は近所の行きつけのパン屋で好みのパンを持って行くつもりだったのですが、さすがに正月2日からは営業していなかったので、海浜幕張で探すことにしました。でも、海浜幕張も個人店はお休みでチェーン店しか開いていないので、ロッテリアハンバーガーを買いました。ベーコンチーズバーガーとアップルパイです。それと、家から持ってきた熱々のアップルティーです。

丁度、お昼時、日が照って暖かくなったので、ノンビリとベンチで寛ぎました。

JR海浜幕張まで買いにいったら、熱気で潰れちまった。でも、スパイシーでおいしかった。

■日本庭園美浜園

正月早々はお休みだろうと思っていて、立ち寄らなかったのですが、帰りに覗くと営業していました。ちょっと気づくのが遅かった。暖かくなったらまた来てみます。

 

自転車往復:35km

今年最後のお参り「下総国分寺」-「下総国分僧寺跡」-「下総国分尼寺跡」

2022年12月27日(火)

本日は「下総国分寺」にお参りです。年始の人ごみのお参りが苦手なので、静かな年末の内に済ませます。国分寺について改めて調べてみました。

国分寺奈良時代聖武天皇の「国分寺建立の詔」によって国分僧寺国分尼寺が各国に国家鎮護のために建立されました。

聖武天皇の時代には疫病、地震、反乱、海外からの脅威に見舞われていました。聖武天皇は国家を安定させるために仏教の力を借りました。

しかし、律令制度が崩壊すると、官からの援助もなくなり、各国の国分寺は衰退していきました。「下総国分尼寺」は廃寺となり、「下総国分僧寺」も真言宗豊山派の「下総国分寺」となっています。

お寺の名前は残っていても当時のものは遺跡としてしか残っていないのですね。

【広域地図】

【詳細地図】

下総国分寺(真言宗豊山派國分山)

疫病、戦争、海外からの脅威を早く解決してくれるようにお参りいたしました。

この不安で不確かな時代を何とかしてほしい。

下総国分僧寺」時代の金堂、講堂、七重塔の位置が朱色で示されています。

下総国分僧寺跡

下総国分寺」の駐車場のところに看板があります。「下総国分僧寺」があったことを説明しています。現在の「下総国分寺」とほぼ同じ場所にあって、奈良県法隆寺と同じ配置(法隆寺式伽藍配置)で、金堂・七重塔・講堂が建てられていたそうです。

下総国分寺跡跡石碑

場所は「下総国分寺」の墓地の先に広がる広場です。元は「下総国分僧寺」の敷地内で、掘立柱建物跡や遺物が発見されたそうです。この地には大衆院(寺の運営管理を行う役所的な施設)、向かい側の空き地には僧坊(僧侶が生活を送る居住空間)があったとされています。

下総国分尼寺跡公園

下総国分尼寺」は廃寺となり、遺跡として発掘され、公園となっています。公園には基壇が4か所あり、柱を支えてきた基礎の石になります。4か所の基壇の中心に「金堂跡」のモニュメントがあります。

自転車往復:20km

ガッコウの下の遺跡展の見に行く-「飛ノ台史跡公園博物館」

2022年12月23日(金)

本日、代休です。朝から風が非常に強い。バタバタと窓が鳴っている。

寒いしどうしようか迷ったが、走りに行くことにした。

「飛ノ台史跡公園博物館」で「ガッコウの下の遺跡」展が始まっていたので行くことにした。

■飛ノ台史跡公園博物館に再びやってきた

今年の9月に飛ノ台史跡公園博物館に訪問しました。ずいぶん前のような気がします。

前回の記事は下記になります。

https://haranbanjyokirikirimai.hatenablog.jp/entry/2022/09/05/071027

■ガッコウの下の遺跡

前回、夏見台の公園にある遺跡でしたが、同じように船橋市内の学校下には縄文時代の遺跡跡が散在します。今回は博物館で学校下の敷地で発見された縄文時代の土器が展示されています。1階が展示エリアになっています。

今回も撮影申請をして撮影しています。

■遺跡の街、船橋市

船橋市内には地図に見るように遺跡がたくさんあります。人里離れた場所ではなく、今も栄えている中心街にも多数あります。遺跡跡ですから、後々、掘り起こすことがあると思われるので、公園や学校になったのではないでしょうか。

今回の展示は5000年前、縄文時代の中期、深鉢形土器の時代の展示になります。

縄文時代は1万年以上続いたとされています。文明としては有りえない長さです。また、見つかった遺体には戦った痕のある遺体は殆どなかったそうです。長い平和な時代が続いたのではないでしょうか。現代の人間にも学ぶべきものは多いですね。

※追記:訪問後、縄文時代についていろいろ調べていくと、文字で残っていなくとも、遺跡から縄文時代がいかに平和な時代であったか知ることができます。日本人として一番誇れる時代かも知れません。中期はその中でも一番栄えた時代です。今の我々がどう生きていかなければいけないか一番知らなければいけない時代かもしれません。

■展示の深鉢形土器

地面に埋めて使う先の尖った土器(尖底深鉢形土器)の時代が終わり、底の平たい深鉢形土器の時代が来ました。

おいらは縄文土器の模様に非常に興味が湧きます。当時の人の知性やセンスを感じます。模様の付け方で土器を作った人が繊細な人なのか大雑把な人なのかを感じることができます。

●不思議な模様の土器

展示場の正面には不思議な土器があります。奇妙な生物の模様が描かれています。アブとか蠅なのでしょうか。裏側には体をくねらせたヤモリのような模様があります。

さて、色んな土器を見ていきましょう。

●火焔型土器のはしり?

上部の装飾が複雑になってきました。火焔型土器のはしりでしょうか。

■おしゃれな縄文人

縄文時代の遺跡から装飾品が多く出土していたことが驚きです。ヒスイ、琥珀、貝で作った腕輪、腰飾り、垂飾り等出土しています。

女性の人骨には必ず、装飾品が付いていたそうです。女性のおしゃれは1万年以上の歴史があるんですね。

■縄文犬

こちらは通常の展示エリアからですが、犬との関わりは縄文時代からあり、猟犬や愛玩犬として飼われていたようです。亡くなると埋葬されるなど丁重にされていたようです。下記は藤原観音堂貝塚から発見された骨格から復元され「飛丸」と命名されています。

■3階のジオラマ

実物の展示もいいですが、縄文時代当時の生活を感じさせるジオラマが好きです。前回も写真を撮ったのですが、もう少しキレイに撮れないかなと再挑戦です。小さい人形ですがとても表情が豊かです。

2階、3階は常設展示エリアになっています。こちらも楽しんでください。

 

自転車往復:14km

ぶらり妙典-行徳「本行徳八幡神社」-「本行徳神明社」-「常夜灯」-「煙突」-「行徳香取神社」-「行徳神輿ミュージアム」

2022年12月9日(金)

新しい仕事に就いてちょっと大変。しばらくは不定期の更新になりそうです。

今日はご近所を周ります。自転車で走ると気分が晴れます。

妙典-行徳のいつもの場所を周ります。

■本行徳八幡神社

昨年も同じ時期に来ました。イチョウが満開です。でも、青色が残っているのでもうひと頑張りでしょうか。昨年の今頃は一面黄色でした。

過去記事のイチョウと見比べもらえればと思います。(2021/12/5記事)

https://haranbanjyokirikirimai.hatenablog.jp/entry/2021/12/05/183726

■本行徳神明社

今年の初めにイチョウの木が切られました。大きく成りすぎて倒れると危険ということなのでしょう。おいらには昨年の景色とオーバーラップして見えるよ。再び、あのキレイなイチョウを拝めるまで生きられるのでしょうか。

過去記事のイチョウと見比べもらえればと思います。(2021/12/5記事)

https://haranbanjyokirikirimai.hatenablog.jp/entry/2021/12/05/183726

■常夜灯

道路側から「常夜灯」を見るのは初めてです。いつも河川側からでした。

●様子がおかしい

あっれれー?おっかしいゾー!!

■江戸川清掃工場の煙突

江戸川清掃工場の煙突が短くなってる。あの「やぐら」は煙突を解体するためにあったのかー。

過去記事に清掃工場の煙突を取り上げています。(2022/1/22記事)

https://haranbanjyokirikirimai.hatenablog.jp/entry/2022/01/22/231329

●2022年1月22日に撮影

過去ブログで掲載した写真を載せます。今の煙突は確実に短くなっている。

この景色はもう見られないのかー。

■行徳香取神社

香取神社と書いてカンドリジンジャと読みます。

香取神社の鳥居越しの煙突も見られなくなるのね。

■行徳神輿ミュージアム

久しぶりに「行徳神輿ミュージアム」に来ました。今日は実際に入館してみたいと思います。

お勉強目的なら、人数集めて予約を入れた方がいいですね。中台製作所の方が説明してくれます。おいらのようにお一人様で見学も大丈夫ですよ。

一歩、建屋に入ると、木のよい香りが漂ってきます。

中台製作所のホームページ

http://www.mikoshiya.com/

●グッズ販売

グッズ販売もしています。T-シャツ、手ぬぐい、トートバッグ、一合枡、根付け(ストラップ)、拍子木(ミニサイズ)等取り扱っています。

根付けはお神輿の装飾飾りを使用しています。

拍子木は小さいですが、ちゃんと鳴ります。

 

自転車往復:6km

日本武尊、東征の道程③「坂戸神社」-「小鷹神社」-「小高神社」-「羽雄神社」-「泉瀧寺」-「亀山神社」

2022年11月27日(日)

休める期間も残りわずかとなってしまったので、続けて「東征の道程」体験します。

今回は「上総亀山」まで行きます。上総亀山にはJR久留里線を利用しますが、殆どが無人駅です。SuicaPasmo等のICカードも使えません。目的地が決まっていれば、事前に切符を購入しておけばいいのですが、輪行だと突然のトラブルでこの区間だけ電車を使いたい時など面倒です。おいらが、JR久留里線を利用するときに利用するお得な切符があります。「休日おでかけパス」です。

券面に載っている区間なら1日乗り放題になる切符です。

おいらの住んでいるところから上総亀山まで往復で3,400円程ですが、この切符を使えば2,720円で乗り放題です。おいらの場合、自転車で走る区間もあるので、少し足が出るかも知れませんが、現金でワンマン電車の運転手さんに清算をお願いしたりする面倒を考えると諦めも付きます。便利な切符ですが、土日祝と夏休み冬休みなどの学校が休みの期間しか使えません。みどりの窓口の券売機で「おとくな切符」として購入できます。予約はいりません。当日購入できます。

【今回の目的】

房総(上総)には日本武尊の軍に制圧された「阿久留王(アクルオウ)の伝説」というものが伝わっています。阿久留王は鹿野山周辺を支配していた豪族とされています。

伝承を紐解くと下記の2点があげられます。

①阿久留王の兵が朝廷の皇居を奪ったが、日本武尊軍により奪還される。

日本武尊軍は鹿野山の阿久留王を粛清し、退治する。

まずは「①阿久留王の兵が朝廷の皇居を奪ったが、日本武尊軍により奪還」の道程を追います。

【参考資料】

・坂戸神社から羽雄神社までの工程は

失われた英雄 新・阿久留王伝説
発売日:  2020年02月01日頃 著者/編集:  露崎清美
出版社:  22世紀アートISBN:  9784909322166

・三本松から亀山神社までの工程は

きみつアーカイブ(http://archives.kimitsu.jp/)の

君津地方情報館(http://archives.kimitsu.jp/InfoLib/Material/2019/05/31/11927.html)

「君 津 地 方 の 歴 史PartⅡ」と「君 津 地 方 の 歴 史PartⅤ」を参考にしています。

【広域地図】

【皇居奪還地図】

■戦勝祈願の地

JR袖ヶ浦まで輪行してここから、坂戸神社に行きます。

●坂戸神社

千葉県袖ケ浦市坂戸市場1441

神社の伝承に「日本武尊の東征の時本社に、戦捷を祈り、親ら奉幣したまひしと」とあります。奪還する2拠点の皇居の中間にあるところから、ここを出発場所とします。

日本武尊は事を起こすときは必ず、神社で祝詞をあげてから出発しています。

■皇居の奪還

景行天皇の息子である馬若王と豊成別王の2名が総国を治めるために着任しました。その住まいだったのが、滝口皇居と不入斗皇居です。その2拠点を阿久留王の兵に襲われ占拠されたそうです。その皇居を奪還すべく日本武尊軍は動きます。

●小鷹神社

千葉県市原市不入斗189

不入斗皇居跡。豊成別王が着任した地です。日本武尊軍による奪還後、神社が建立されています。

不入斗(いりやまず)と読みます。不入斗の地名は関東地方に多く存在し、荘園などで貢納の免税地とされています。

●小高神社

千葉県袖ケ浦市滝の口449

滝口皇居跡。馬若王が着任した地です。日本武尊軍による奪還後、神社が建立されています。

石碑には下記のように書かれています。

袖ヶ浦市指定有形文化財 ー建造物ー

小高神社本殿

所在地 袖ヶ浦市滝の口四四九

管理者 小高神社

指定年月日 平成四年八月一日

小高神社は滝の口の氏神社で、かつては小鷹大明神とよばれていた。日本武尊が東征の折にこの地で賊を平定したことにちなんで創建され、寛和二年(986)には社殿を再建したと伝えられている。

祭神は日本武尊。例祭日は昭和三十年の平川町合併後に生活改善運動の一つとして九月二十七日から七月二十四日に変更された。

屋根は「柿葺き」、本殿は「一間社流造」である。間口は三間社と同じであるが、中央の柱間を非常に大きく取って扉口としている。両側の柱間は幅の狭い板壁で、鯉の滝上りの彫刻がある。

本殿の建設は、二重虹梁にして彫刻を入れる場所を増やすなどの特徴から元禄時代(一六八八~一七〇四)より少し下り、拝殿の前にある石灯篭と同じ宝永二年(一七〇五)頃と考えられる。 

平成八年三月

※小高神社の近くに「鎗水川」という川がある。日本武尊軍が戦いによって血に染まった鎗を洗い流した川とされている。

■「御狩り」の伝承の伝わる地
●羽雄神社

千葉県木更津市茅野786

茅野村の伝承では日本武尊軍は11月26日から12月5日までの10日間で鹿野山の賊を征伐したと伝えられています。古くからの風習として、この村には「11月26日から12月5日までの10日間は村人は武人を家に入れず、火を灯さない、談笑しない、体を洗うこと、洗髪することを控える等の行いをしない」という「御狩り」神事が明治初期まであったそうです。

■JR久留里線利用

小鷹神社までの道のりが思いのほか大変で、しかもGoogleナビが変な道案内をしてくれて、リルートを繰り返しました。そのため、時間が足らなくなり夕暮れ(16:30頃)までに終わりそうにありません。元々、「下郡」から「上総松丘」まではJR久留里線を利用するつもりでしたが、「下郡」から終点「上総亀山」までを利用して行程を減らすことにしました。

下郡駅で乗車

駅舎も何もないホームだけの駅です。次の上総亀山行きは30分後に来ます。食事でしようと思いましたが、お店も何もありません。「馬来田にした方がよかったかなぁ」と思う。

10分遅れで電車が来ました。何かあったみたい。

上総亀山駅で下車

何とか、14:20過ぎに到着。1時間位で残りを周ります。

亀山湖周辺地図】

※三本松:松丘地区にも阿久留王の残党が逃れてきて、三本松の高台で故郷である鹿野山を見ながら自刃したと伝えられている。

亀山湖

日本武尊軍に追われた阿久留王の残党が亀山地区の山中に逃れてきて、当時たくさんいた亀を食い尽くしてしまい、挙句の果てには一人残らず飢え死にしてしまったと伝えられています。

 

亀山湖は秋の装いも相まって、とても景色がキレイです。今まで来なかったことを後悔するくらいです。輪行で自転車持って来て、亀山湖畔をサイクリングすると最高です。地図なしで周れるルートが確立できると自転車活用できると思うのですが。

亀山ダムの近くにある亀山温泉ホテルです。ダムカレーが有名みたいです。

■泉瀧寺

千葉県君津市滝原99

元々、蒲生山泉瀧寺はこの先の亀山神社のところに存在したのですが、明治時代の神仏分離令によって、この地に移されたそうです。

■亀山神社

千葉県君津市滝原114

阿久留王の残党の悪霊が谷や山にこもって鬼神となり亀山の地を不毛な地にしてしまった。この状況を鎮めるため不動明王が現れ、この悪霊を退治したと伝わります。

悪霊は去りましたが、この地では作物が育たず、飢え死にする人が出るようになり再び、不動明王が現れ、人々を救いました。

その後、炭焼きをしている人が滝の中から不動明王塑像を見つけ、この地に泉瀧寺のお堂を建て像を納めました。明治時代の神仏分離令によって、泉瀧寺は亀山神社の手前の地に移されました。

神社前の山門はお寺の名残ですね。お寺を守る不動明王はおられませんが。

看板板には下記のように記されています。

亀山神社沿革
祭神
日本武尊
 誉田別尊 大山祇命
 天神七代 地神五代
鎮座地 千葉県君津市滝原字下滝一一四番地
境内地 約二六三八平方メートル
例祭日
例大祭 八月七日
春 祭 二月二十八日
秋 祭 十一月二十八日
春祈祷 一月二十八日
由緒
本社は創立年期不詳であるが人皇十二代景行天皇の皇子日本武尊主祭神とし誉田別尊 大山祇命 天神七代 地神五代の神を祀る。

地勢平坦にして東南西の三面に小櫃川の清流があり、松杉柏等の老樹巨木あり奔流の下に飛瀑あり名づけて、不動の滝という。
社伝に日本武尊東征の時、相模の国より海路で当国木更津に渡り鹿野山を経て当地に来征し、夷賊を平らげ人民を愛撫し給いしに郷民その威徳を仰ぎ、尊を此の地に奉祀し当亀山郷旧六十四村の総鎮守と崇め、綿々として今に至る。
また伝え云うに不動の塑像瀑布中より出現し、これを今の社地に安置し蒲生山泉滝寺大聖院と号した。
(康治二年の棟札に不動尊とある)
明治維新のころ神仏の混洧を禁ぜられし時、旧記を按察しその祭神日本武尊たることを知る。よって不動の像を他に移し社殿を改造し、明治三年四月今の社号
に改める。「千葉県君津郡誌参照」
日本名勝地誌によれば、長享二年里見義実戦勝を祈り土地若干を寄せる。
天正七年正月二十八日、里見義頼社参りし本社不入の儀心得の旨原判の書札を寄せ、同年二月二十一日改めて土地寄進(拾八石余り)書面を給う。滝原は門前と称しこの除地により衣食せりとある。

「①阿久留王の兵が朝廷の皇居を奪ったが、日本武尊軍により奪還」編はこれで終了です。

「②日本武尊軍は鹿野山の阿久留王を粛清し、退治する。」編はいつになるかなぁ。

 

電車(JR市川市内-JR袖ヶ浦):1,000円くらい

自転車:58km

電車(JR下郡-JR上総亀山):330円

電車(JR上総亀山-JR市川市内):1,700円くらい

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電車代合計:3,030円

休日おでかけパス:2,720円

差額:310円お得になりました。