一面に広がる壮大なチューリップ畑「あけぼの山農業公園」

2026年4月11日(土)

あけぼの山農業公園のチューリップフェスタ(開催:2026年4月11日[土]・12日[日])に行きます。当日は人が多いので開催前に行きたかったのですが前日の金曜日は雨、その前の木曜日は打合せでした。人が多いのは覚悟で土曜日に行きます。

【地図】

■あけぼの山農業公園

布施弁天通りを歩いている段階で車が渋滞してます。みんな「チューリップフェスタ」に行くんだろうなと横目で見て歩いてました。それにしても今日は暑い。汗がだらだら出てきます。

●小高い丘の上からの景色

まずは遠目からの景色を望みます。一面のチューリップ畑が広がります。周辺に余計な建物がないのでとても眺めがよい。

●チューリップと風車

到着と同時に風車とチューリップを入れて撮影。人が多くて撮影に気を使います。

●チューリップの段々畑

ここの魅力は単色のチューリップが層をなして連なる景色ですね。それを意識して撮ってみます。

●チューリップの段々畑と風車

次は風車を中心に入れて撮ってみます。

●風車

風車も単体で撮っておきます。

■チューリップ

ここのチューリップは奇をてらった珍しい品種のチューリップではなく、単色の艶やかなチューリップを選択しています。花びらも大きく開くものですね。遠目からの美しさを大切にしているようです。

●黄色

●紫色

根元に同系色のパンジーが植えられています。

●赤色

●桃色

●白色

白色のチューリップは雨に弱いみたいです。ほとんど、花びらが落ちています。金曜日の雨が憎らしい。

暑さのせいで目に汗が入ってピントが合わせづらいし、頭がぼーっとしてしました。午前中で帰ります。

 

芝桜が花の絨毯のように一面に広がっています「郭沫若記念館」

2026年4月8日(水)

市川市の郭沫若記念館(かく・まつじゃくきねんかん)の芝桜が満開になったので行ってきました。

【地図】

■郭沫若記念館

記念館の開館日は金・土・日ですが、庭の部分は平日開いているので見ることが可能です。

芝桜は植えてる面積が広いと雑草取りが大変ですね。取っても取っても後から生えてくる。

■花の種類

●ダニエルクッション(濃桃)

ダニエルクッションは、芝桜の中で最も花が大輪で、濃いショッキングピンク色が特徴の品種です。

同じ種類かもしれませんが、少し色合いの違うものがありました。

●スカーレットフレーム(赤)

華やかな赤色の小ぶりな芝桜です。

●モンブランホワイト(白)

明るい純白の花です。やや小ぶりです。

■江戸川サイクリングロード

帰りに江戸川サイクリングロードを走っていてスカイツリーがキレイに見えました。

こちらの場所はヒミツですが、鉄塔が放射線状に並んでよい形になっていて毎回、目を引きます。鉄塔と鉄塔の間にうっすら富士山が見えます。早朝の空気の澄んだ時間帯なら富士山がキレイに見えるかも。

自転車往復:20km

雨上がりの陽に、桜のかんばせ「船橋市:海老川」

2026年4月3日(金)

桜の花が開き始める先週の一週間、雨の降り続ける日々になってしまいました。桜は満開であったものの、いつものときめきには欠けるものでした。大きな房のように固まって咲いている花が殆どありませんでした。雨で落ちてしまったのかもしれません。海老川の桜観察も今年で5年目になります。

【地図】

■海老川橋よりスタート

バックの桜がスカスカです。

■船橋市地方卸売市場周辺

ピンクと緑は「補色(ほぼ対極)」の関係にあり、お互いの色を引き立て合う最高の組み合わせですが、混ざり合ってしまうと濁った色になります。緑が芽吹いてくると桜がぼやけてしまします。

新海老川橋の船橋名物「ばか面おどり」のオブジェです。バックの桜が満開ならキレイなのですが。

海老川遊歩道のゲートですが、桜が満開なら桜に隠れて見えないほどです。

■さくら橋周辺

■鷹匠橋付近

桜の枝が透けて見えてます。

■心に留まった景色

相変わらず、遊歩道の桜のゲートはキレイに咲いています。朝9時に来たので屋台も準備中です。

■桜の花のかんばせ

顔(かんばせ)という雅な言葉を覚えました。古語で顔つき、容貌(ようぼう)、面立ちを指す言葉らしいです。美しい顔を表現する際や、文学的な文脈で用いられるそうです。

●ソメイヨシノ

●オオシマザクラ

オオシマザクラは元気です。雨に降られても房のような花が付いています。

●サトザクラ

1本だけ、ひっそりと花をつけていました。まだ咲き始めのようです。看板が付いていたので正式に植えられたようですが...

毎年、3月4月は雨が多くてヒヤヒヤです...

春の吐息を、足元に探して「行徳野鳥観察舎」

2026年3月27日(金)

今週は雨の多い週でした。2週間も引き籠っていると心に余裕がなくなってきました。桜(ソメイヨシノ)はもう少し先ですね。その前に確かめねばならぬものを見に行きます。空模様が怪しいし、自宅から対して離れてないので歩いて行きます。

【地図】

■行徳野鳥観察舎

自宅から20分も歩けば到着できる距離にあります。ここには「宮内庁が管轄する新浜鴨場」があり、野鳥を観察する施設があります。

通りには野鳥観察だけでなく、多種の植物が植えられています。管理されていない野草のような植物も生えていたりするので、季節ごとに見知らぬ植物に出会えることもあります。

●あいねすと(行徳野鳥観察舎)

2階が野鳥の観察施設になっています。1階に喫茶もあるので、散歩がてら立ち寄れる施設になっています。

●ユキヤナギ

ヤナギを名乗っていますが、ヤナギではなくバラ科の植物です。風水では火のエレメントを持ち、人間関係や家庭の調和に良い影響を与えるとも言われています。

●オオシマザクラ

白い花を咲かせます。緑の葉ととても相性の良い色合いです。もう、満開でした。ソメイヨシノはまだ、5分咲きまでもいかず、3分咲き程度ですかね。後、1週間というところでしょうか。毎年、この時期は雨が気になります。

●ニワトコ(接骨木)

接骨木と言われる所以は枝や幹を煎じて水あめ状になったものを、骨折の治療の際の湿布剤に用したからだそうです。花はマスカットのような爽やかな匂いがするらしいですが、葉や幹は独特の青臭い匂いがする。あまり、よろしくない匂いだった。

●西洋タンポポとシロハナタンポポ

黄色い西洋タンポポと白いシロハナタンポポ。最近では外来種の黄色い西洋タンポポが一般的ですが、シロハナタンポポは日本古来の品種です。ここでも、特定の一か所だけにかたまって生えてます。

●ヒメオドリコソウ

ヒメオドリコソウの花言葉は、「春の幸せ」「陽気」「愛嬌」「快活」です。早春にいち早く花を咲かせる姿や、笠をかぶった踊り子のような可愛らしい見た目に由来しています。

●スノーフレーク

見つけたときはスズランかと思いました。家に帰って「Google レンズ」で調べたらスノーフレークとのこと。花びらの先端の小さな緑色の斑点が魅力的です。

●ムスカリとハナニラ

本日のメインはこちらの「ムスカリ」です。昨年は桜の終わった4月に来たのでムスカリは少ししか残っていませんでした。今回はちょっと時期を早めて来てみました。ハナニラとセットで咲いてます。昨年見つけた時は、青紫色の釣鐘状の房の塊。こんな花今まで見たことがなかったのでビックリでした。白色やピンク色もあるようです。ムスカリは生命力が強く、球根が分球して増えていくそうなのでこの辺り一帯、ムスカリだらけになるかも。

 

ミモザと白木蓮「ぴあぱーく妙典-幕張本郷駅」

2026年3月12日(木)

ミモザと白木蓮、同じ3月に咲く花なのにオイラの周りでは見かけない花だった。今年は何とかお目に掛かりたいと探していたら意外と近くにあることが分かった。しかもSNSで見頃であることが伝えられていた。早速、行ってみよう。

【地図】

■ぴあぱーく妙典(ミモザ)

「ぴあぱーく妙典」には開園した当時(2022年)に来たことがあるがその時は野球場、遊戯広場、BBQ広場などの施設だけだったけれど、昨年、「こども地域交流館」が開園していた。

こども地域交流館(ぴあぱーく妙典COCO)は子供たちの育成のために屋内運動場、多目的スペース、調理スペース、音楽スペースが併設されています。
また、毎月第3金曜日18:00-19:00にこども食堂が運営されています。有償ですが大人も参加可能だそうです。

この施設の2か所に1本づつミモザの木が植えられています。

隣に中世ヨーロッパ風の保育園があります。

■幕張本郷(白木蓮並木)

幕張本郷駅の南口と北側には白木蓮(ハクモクレン)の並木道があります。これは幕張本郷駅が開業した1982年から計画され実施されているそうです。

●京成幕張本郷駅南口

ここの通りは交通量や人通りが少なくて白木蓮の観察に適しています。また、道路の片側にしか電線がないので、電線が写真に写りこまないのがよいです。

●中瀬幕張本郷線沿い

ここの白木蓮は豪華なのですが、幹線道路沿いとあって、交通量、人通りが多くて落ち着いて観察できないですね。

■海神川緑地(白木蓮)

白木蓮は背の高い木で、花も上向き開くので花の中が見えないのが難点でした。「もっと、低い位置に花があればなぁ」と思いつつ帰り道を自転車で走っていると「海神川緑地」の土手に低い幹に白い花が咲いているのを見つけました。白木蓮です。二股に分かれた幹の太い方を意図的に切り落して、高く成長しないようにしている風でした。

これは白木蓮の花を上から覗ける絶好のチャンスです。
黄緑色の花柱(雌しべ)が中央に絡み合うように集まりに複数の糸状の雄しべが放射状に広がっています。

自転車往復:39km

河津桜が満開です「江戸川サイクリングロード-さくら堤公園-柳原水閘-上矢切」

2026年3月5日(木)

河津桜がもう、葉桜になり始めているという情報を得たので急遽突入です。昨年は3月20日に行ったので、まだ余裕があると安心していたのですが、随分と足が早いです。

【地図】

■さくら堤公園(河津桜)

南側はまだキレイに咲いていますが、北側はもう葉桜です。春一番の大風と昨日来の雨でかなり散っているようです。ここの公園は整備が整っていて本来なら地面にかなりの花びらが散っていてもよさそうですがまったく落ちていません。公園の整備にとても感謝です。わざと、平日に来ました。土日は混みますからね。

濃いピンクの花びらが青空に映えます。

昼頃になると平日でも人が集まってきます。

■柳原水閘(菜の花)

菜の花はまだ、早いようです。松戸まで行くと「菜の花ロード」が満開のはずでしたが、またまだでした。でも、管理されていない矢切までの土手には菜の花が咲き始めています。

ここは「柳原水閘」の裏手にある畑の土手になります。江戸川のサイクリングロードを走っていて目に入ってきたので早速、寄ってみました。

向こうに見えるは「柳原水閘」です。

■上矢切(菜の花)

この辺は「野菊の墓」探訪で来た場所です。2週間ほど前の出来事ですが、まるで別世界です。3月中旬になれば松戸辺りまでより一層、黄色の花に包まれます。

菜の花畑に顔を埋めて写真を撮りました。菜の花のよい香りを感じることができました。

自転車往復:27km

野菊の墓の所縁の地を巡る(再び)「矢切の渡し-矢切橋-野菊の墓文学碑-やすらぎの像-水上勉旧居跡」

2026年2月21日(土)

2年前に「野菊の墓」巡りでここに来ましたが、あの時は初めてで見逃したところもあったので、再度、勉強し直してやってきました。野菊の墓は、作家伊藤左千夫が明治39年に発表した小説で、15歳の少年・政夫と17歳の少女・民子の淡く悲しい初恋を描いた物語です。 

【地図】

■野菊の墓の聖地を巡ります

江戸川の土手を松戸まで走ると建物がなくなり、一面に畑が広がる平野が現れます。ここは小説「野菊の墓」の舞台になったとされる矢切地区になります。ここから、所縁の場所を巡っていきます。

●矢切の渡し

中学に進学するために村を離れることになった正夫を、民子が渡し場まで見送りに行きます。それが、最後の別れになるとも知らずに...

今でも、葛飾側(柴又帝釈天)から松戸側(矢切)を運行しています。時期によって、運航日が変わります。夏季は毎日ですが、冬季は土日祝だったと思います。

●「野菊の墓」石碑

前回はこの石碑が見つけられませんでした。どうやら、設置場所が変わっているようです。「野菊のこみち」の地図が付いていますが、現在のものとは異なるので注意が必要です。オイラが掲示した地図の青線が実際の道線になります。

●野菊のこみち

野菊のこみちには曲がり角に「道標」が設置されています。地図上の青丸がそれになります。また、道は畑のあぜ道になります。農作業の軽トラックが入ってきたりするので、あまりお勧めできません。赤線沿いに進んだ方がよいようです。

●矢切橋

坂川に架かる橋が「矢切橋」になります。欄干には野菊と矢切の渡し船のレリーフが施されています。

橋の袂に「野菊の墓」の最も有名な「民さんは野菊のような人だ」のフレーズが刻まれています。

平坦な畑の広がる牧歌的な風景と、遠くに見えるビル群の景色が印象的です。

●野菊の墓文学碑

この辺の景色が正夫が住んでいたであろう高台の景色になります。野菊苑にある「渋谷金蔵翁之像」越しに矢切地区がよく見えます。(渋谷氏は矢切地区の整備事業に貢献された方です。

正夫と民子が待ち合わせをした大きな銀杏の樹はこの裏手にある「西蓮寺」の近くにあったとされています。

傍らの石碑は民子のモデルになった「美恵さん」を慕う妹の光江さんの句碑といわれています。
他の文献では民子のモデルは伊藤左千夫の生家の近所に住んでいた「みつさん」、実際に矢切に住んでいた「さきさん」ではないかという説があります。
どうなんでしょう。

●矢喰村庚申塚

「やすらぎの像」は1986年(昭和61年)、かつて激しい戦い(国府台合戦)の舞台となったこの地の苦難の歴史を伝え、「平和としあわせ」を祈るシンボルとして庚申塚保存会によって建てられたそうですが、二人の構図と両脇に薄っすら彫られている花の絵がりんどうと野菊に見えて、オイラには正夫と民子を思わせるんだが...
※民子は正夫をりんどうの花に例えています。

■水上勉旧居跡

北総線の矢切駅まで来ました。ここで、もう一つ文学に関わるものに行きつきました。作家水上勉は昭和32年(1957)から約2年間松戸市下矢切に在住していました。その間に推理小説「霧と影」を発表し作家として一躍脚光を浴びることになります。作品「霧と影」や自叙伝「私の履歴書」「冬日の道」などには矢切時代のことや松戸の地名が書かれています。その碑がここにあります。

自転車往復:28km