日本武尊、東征の道程「御所ヶ崎」-「走水神社」-「叶神社」-「東京湾フェリー」

2022年11月19日(土)

日本武尊の東征を追体験します。神社や地方に伝わる伝承を元にしています。作り話も多いかと思いますが、あくまでも自転車旅のルート探しの一環として利用しています。

【始まりの地】

千葉の神社に伝わる日本武尊の伝承は必ず、走水で嵐より御船を守るために入水した弟橘姫の献身を語って始まっています。ですから、おいらの旅の始まりも走水神社から始めたいと思います。

京急馬堀海岸駅

本日は5:00に起床して、6時台の電車に乗って輪行です。東京メトロ日本橋経由、都営浅草線から京浜急行を利用して、馬堀海岸駅まで来ました。ここから、自転車組み立てて出発です。

■御所ヶ崎

日本武尊はこの地で軍船の準備を進めていたため、しばらく、この地に留まったようです。その間、臨時の御所をこの地に設営し、軍旗を立てました。そのため、この地を地元の人々は御所ヶ崎、旗山崎と呼ぶようになりました。

軍船にて上総へ進もうとしたとき、嵐が続き、出帆できないため、弟橘姫は海神の怒りを鎮めるため、この先の岬から、侍女たちと共に入水したと伝えられます。入水した岬のことを「むぐりの鼻」と呼ばれているそうです。この先は立入禁止となっているため確認はできません。

この辺りが走水港です。ここで人工的でない場所は釣り人が立ってる岩礁辺りだと思うのですが、これが日本武尊軍が軍船に乗り込んだ場所と言われている「寺島(御座島)」なんでしょうか?

■走水神社

走水神社の創建は軍船の準備をしていた時、村人たちが非常に日本武尊たちのことを慕うので、日本武尊は自らの冠を村人たちに与えたそうです。その冠を石櫃に納め神社を建立したそうです。弟橘姫を祀る橘神社は元々は御所ヶ崎にあったのですが、明治時代に御所ヶ崎が軍用地となったため、走水神社に合祀されました。

弟橘媛命「舵の碑」

入水によって、嵐を鎮め船の航行を守ったことを記念して船の舵に弟橘姫の肖像を刻んで建立しています。

●拝殿・本殿

日本武尊と弟橘姫が祀られています。

●別宮

弟橘姫と共に入水した侍女たちと、日本武尊軍に同行した武勇士(十王)を祀っています。

●海への眺め

この先がちょうど、日本武尊軍が軍船に乗り込んだ走水港「寺島(御座島)」になります。

●東征成功の祈願

ここで「東征成功の祈願」をして、この階段を降りて軍船に乗り込んだと思われます。今回の訪問で、そのようにしたのではないかと感じました。

以前、来たときには石が乱雑に並んでいるだけだったのに、囲いがされて、賽銭箱まで付いています。

■西叶神社

日本武尊の伝承とは関係ないですが、せっかく、横須賀、浦賀まで来たので叶神社に参拝することにしました。走水から浦賀まで自転車で走ります。

平家の横暴ぶりを憤った文覚上人は源頼朝の為に源氏再興を発願し、治承年間(1177〜1180)上総国(千葉)鹿野山に参篭しました。源氏氏神と称え奉る石清水八幡の神に祈念をし、源氏再興の本願が叶えられれば勝地を探し求め八幡の一社を建立、末永く祭祀すると誓いをたてました。
文治二年(1186)源氏再興の大願が叶ったところから、叶大明神と称するようになりました。

●縁結びの勾玉御守り

透明:水晶 赤:めのう 緑:ひすい

の勾玉御守りがあります。縁結びというと「恋愛・結婚」と思われがちですが、人との出会いと縁を結ぶというとで、人間関係、仕事、学業にも有効です。

西叶神社:勾玉御守り

東叶神社:御守り袋

を頂くことにで、一つの御守りになります。

撮影許可を頂いて撮影しています。

浦賀渡し船(西渡船場

東叶神社へは「浦賀渡し船」で行くことができます。

以前来たときは200円だったのに倍額の400円になっています。どうやら、民間委託して値上げしたみたいです。おいらは前回乗ったので、自転車で行くことにします。

浦賀渡し船(東渡船場

自転車で浦賀湾沿いを走れば10分程かな。東渡船場にやってきました。時刻表はありません。渡し船が行ったり来たりしています。お客が少ない時は呼び鈴押すとすぐ来ます。

■東叶神社

元禄五年(1692)、江戸幕府の行政政策により、浦賀は東西の浦賀村に別けられたため、東岸でも今まで通り信仰を行いたいということで分霊となったそうです。

浦賀湾に面した神社

鳥居のすぐ前が海になっています。

勝海舟断食の碑

「咸臨丸」の艦長格の勝海舟は太平洋横断前に東叶神社の裏山で航行安全祈願のため断食を行ったとされています。その碑がここにあります。

裏山は標高50m程あるので、石段を登るにはかなりの体力が必要です。

●「縁結びの御守り」の完成

東叶神社で「御守り袋」を頂きました。これで、「叶う御守り」の完成です。

東京湾フェリー日本武尊の水行を疑似体験

横須賀、浦賀の自転車移動でヘトヘトになるかと思っていましたが、意外に距離がなかったので、体力が有り余っています。東京湾フェリー久里浜から金谷まで日本武尊の水行を疑似体験してみたいと思います。

久里浜港に到着

ちょうど、「かなや丸」が入港していました。この船はスルーして、次の「しらはま丸」に乗船することにしました。

●甲板で撮影

客室でのんびりも出来るのですが、せっかくなので甲板で撮影することにしました。

日本武尊は走水のことを「こんな小さい海」と言ったそうですが、実際に見るとやはり大きいです。ここで海が荒れたらひとたまりもないです。

復路の「かなや丸」とすれ違いました。

巨大コンテナ船が前方を横切りました。写真だと大きさが伝わりませんが、壁が迫ってくるようで恐怖を感じました。

弟橘姫が入水する際「菅畳・皮畳・絹畳を重ねて海の上に敷いて座った」と言います。入水して命を捧げるというよりは海神と話し合おうとする態勢に思えるのですが。

※追記:この話は「古事記」、「日本書記」の話になります。御所ヶ崎では出航前の話なので伝承内容が異なります。

フェリーは自転車を折り畳んで輪行袋に入れれば手荷物扱いで乗船することができます。

金谷港に入港です。

■JR浜金谷から輪行で帰ります。

本数が少ないので1時間待ちです。17:30頃の帰宅になりそうです。

※ 次回は近場を走ります。走行シナリオが纏まったら、房総半島での日本武尊、東征の道程を追いたいと思います。

 

電車(市川市内-馬堀海岸):1,200円くらい

自転車:22km

浦賀の渡し:400円

御守り(勾玉):500円

御守り(袋):500円

東京湾フェリー:900円

電車(JR浜金谷-JR市川市内):1,500円くらい