街の小さな移ろいに気付きたい

『還暦ライダー』の生存確認日記

海軍無線電信所船橋送信所跡「県立行田公園」

2022年7月10日(日)

千葉県に引越してきて、真っ先に気になったのが、船橋市行田です。

円で囲まれた道路。何か怪しい施設があったのではないかと思わせる地域です。

どんなところなんでしょうか。

フリーマーケット

7月10日はフリーマーケットの日

本日は西メイン広場でフリーマーケットが開催されていました。

船橋無線塔記念碑

元々、ここには「海軍無線電信所船橋送信所」があり、無線電波を海外などの拠点に届くように中継していました。

碑には下記のように書かれています。

「ここ下総台地の一角にかつて無線塔が聳えていた。大正四年(一九一五年)に船橋海軍無線電信所が創設された。大正五年にはハワイ中継でアメリカのウイルソン大統領と日本の大正天皇とで電波の交信があった。広く平和的にも利用されたのでフナバシの地名がはじめて世界地図に書きこまれた。大正十二年(一九二三年)の関東大震災の時には救援電波を出して多くの人を助けた。昭和十六年(一九四一年)の頃には長短波用の大アンテナ群が完成し太平洋戦争開幕を告げる「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の電波もここから出た。船橋のシンボルとして市民に親しまれていたが昭和四十六年(一九七一年)五月解体され栄光の歴史を閉じた。」

よく、太平洋戦争開戦の暗号文が送信された場所ということだけが、取り上げられますが、大正時代から国の重要な通信拠点の役割を担ってきました。

当時は高い鉄塔が複数本建っていて、船橋のランドマークだったようです。

■西区域

「海軍無線電信所船橋送信所」の跡地には団地、税務大学校、公園などの施設が建てられています。

懐かしい「花時計」がありました。現在は動いていないようです。昔はいろんな公園にありましたねぇ。何とか復活してほしいなぁ。

西区域にも芝生の広場があります。芝生内は自転車走行禁止です。公園内の通路は手押しなら自転車もOKのようです。

■西区域と東区域を繋ぐ歩道橋

西区域と東区域の行き来は歩道橋で行けます。階段はありません。スロープになっています。今はカラスの巣があって、親鳥の気が荒くなっているようで、注意の看板が立っています。

■東区域の駐輪場

東メイン広場に駐輪している人が多いようです。

公園内では自転車の走行は禁止ですが、手押しで入る場合はよいようです。このような親切な看板はありがたいです。でも、サイクリングロードがどこのことを言っているのかわかりませんでした。

この道はサイクリングロードなのかな?取りあえず、手押しで行きました。

木陰にベンチや休憩所があって、涼しそうです。

テント張っている人もいます。虫取り網を持っている男の子がいました。今の子も虫取りするんですね。

催物広場です。今は花壇のように見えます。

自転車往復:22km